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『STATUS AND CULTURE』(デーヴィッド・マークス著)

W. デーヴィッド・マークス著、黒木章人訳の『STATUS AND CULTURE ――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学 感性・慣習・流行はいかに生まれるか? 』(筑摩書房)は、ステイタスが文化の形成や変遷にどのように影響するかを深く掘り下げる一冊です。社会学、文化論、芸術論を織り交ぜ、ビートルズのモップトップからインターネット時代の「文化の停滞」まで、身近な事例を通じてステイタスの普遍的な力を紐解きます。本書は、ステイタスを単なる社会的序列の指標ではなく、個人のアイデンティティ、芸術の評価、流行のサイクルを駆動する見えざる力として捉え直し、現代社会におけるその複雑な役割を考察します。

ステイタスが文化を形作る

本書の核心は、ステイタスが文化の創造と普及をどのように方向づけるかという点にあります。マークスは、ステイタスを求める人間の根源的な欲求が、ファッションや音楽、芸術といった文化的表現にどう影響するかを丁寧に分析します。たとえば、ビートルズのモップトップが当初は反発を招きながらも、やがて「クラシック」として受け入れられた過程は、高ステイタス集団が文化的価値を定義する力を持つことを象徴的に示しています。このような事例を通じて、ステイタスが個人の選択や社会運動を動かし、歴史に残るものと忘れ去られるものを決定するメカニズムが明らかになります。

特に興味深いのは、ステイタス価値が暗黙の了解として機能し、日常の慣習にまで浸透しているという指摘です。くしゃみに対する「お大事に」という言葉や、高級家具のイームズチェアの選択が、社会的承認や非難を通じてステイタスを強化する例として挙げられます。これらは、ステイタスが単なる富や権力の誇示を超え、文化的センスやアイデンティティの形成に深く関与していることを示唆します。

芸術と独自性の再定義

本書の第7章では、芸術における「美的価値」(鑑賞者の感情的体験)と「芸術的価値」(既存の慣習を破る独創性)の区別が印象的です。アンリ・ルソーが芸術的価値を認められ美術史に名を残した一方で、エドナ・ハイベルが主流の慣習に留まりステイタスを得られなかった事例は、芸術家の評価が単なる技術や美しさではなく、時代の問題解決にどう応えるかに依存することを浮き彫りにします。この視点は、ピエール・ブルデューの文化資本論やハワード・ベッカーの芸術社会学を背景にしつつ、ステイタスを軸に芸術の評価基準を再定義する独自の貢献と言えるでしょう。

インターネット時代の文化停滞

現代社会における「文化の停滞」を扱った第6章は、本書の現代性を感じさせる部分です。インターネットが文化的革新を加速させるどころか、ステイタス価値の均一化や模倣の加速を通じて停滞を招いているという分析は、デジタル時代を生きる私たちに鋭い問いを投げかけます。ソーシャルメディアがステイタスシンボルを瞬時に拡散させる一方で、独自性を追求する余地を狭めているという指摘は、現代の文化批評における重要な論点です。

ステイタス競争の公平性と限界

本書は、ステイタスを肯定的に捉えるのではなく、平等を阻む有害な障壁として批判する姿勢も明確です。人種差別や性差別といった偏見がステイタス階層に根ざしていると指摘し、競争のルールを透明化することでより公平な社会を目指す提案は、現代の社会課題に対する実践的な示唆を含んでいます。たとえば、ファンコミュニティを例に、自由主義社会がペルソナ構築の自由を提供する一方で競争原理を導入する矛盾を浮き彫りにし、独自性と調和のバランスを模索する姿勢は示唆に富んでいます。

ただし、本書の議論はブルデューやヴェブレンといった既存の社会学理論に依拠する部分が多く、完全に新しい理論を提示するわけではありません。また、事例ベースの分析が中心であるため、ステイタス価値の普遍性を証明する実証データの不足が感じられる場面もあります。それでも、ポップカルチャーや神経科学の知見を織り交ぜ、専門家だけでなく一般読者にもアクセスしやすい形で議論を展開する点は、本書の大きな魅力です。

誰に薦めるか

『ステイタス アンド カルチャー』は、社会学や文化論に関心のある読者だけでなく、現代社会の文化的動態や個人のアイデンティティ形成に興味を持つ幅広い読者におすすめです。流行の背後にある力学や、メディアが文化をどうフィルタリングするかを知りたい人、芸術やサブカルチャーの評価基準を深く考えたい人に特に響くでしょう。落ち着いた文体と具体例の豊富さにより、学術的な厳密さと一般向けの読みやすさがバランスよく共存しています。

結論

本書は、ステイタスが文化や社会を動かす見えざる力として、どのように私たちの選択や価値観を形作るかを鮮やかに描き出します。独自性の追求が強制される現代社会において、他者と同じになる自由を擁護する視点や、芸術と流行のサイクルをステイタスで読み解くアプローチは、知的刺激に満ちています。ステイタスをめぐる「鬼ごっこ」が文化を永遠に動かし続ける一方で、そのルールを理解することで、より創造的で公平な社会を築く一歩を踏み出せる――そんな希望を本書は静かに、しかし力強く示唆しています。

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