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『自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史』(木島泰三)

木島泰三の『自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史』(講談社選書メチエ、2020年)は、古代から現代に至る決定論と自由意志の議論を、哲学史の広大な地平にわたって丁寧にたどりつつ、現代の認知科学や進化論の知見を織り交ぜた野心的な一冊である。本書は、運命論と因果的決定論を峻別し、自然主義的視点から自由意志の可能性を模索する試みを通じて、哲学的思索と科学的理解の調和を志向する。その核心には、決定論と自由意志の両立という古くて新しい問いが息づいており、読者に知的探求の喜びと静かな省察を約束する。

本書の構成とテーマ

本書は、古代ギリシャのストア派やプラトンの「目的的偶然」から始まり、中世の神学的予定説、近代の機械論的因果論、そして現代の進化論やミーム論に至るまで、決定論の系譜を体系的に追う。全八章(および序章・終章)からなる構成は、歴史的展開と現代的応用を巧みに結びつけ、哲学史の流れを自然主義の現代的文脈に再配置する。特に第六章「自然化された運命論」、第七章「運命論のこれから」、第八章「自然主義のこれから」は、ドーキンスのミーム論やスタノヴィッチの二重過程理論、デネットの「バグベアー」概念を援用し、決定論と自由の両立を新たな光で照らす核心部分である。

本書の中心テーマは、決定論がもたらす「必然」と自由意志が求める「自律」の間の緊張を、自然主義的枠組みでどのように解きほぐすかにある。木島は、運命論を人間の心のバイアスや文化的ミームの産物として脱構築し、因果的決定論を行為者の目的設定やローカルな制御可能性と両立させる道を探る。この試みは、スピノザの行為者因果説やペレブームの現代的再評価を通じて、自由意志をリバタリアン的な幻想から解放し、科学的実在に根ざした「能動性」として再定義する。

議論のハイライト:決定論と自由意志の両立

本書の最も魅力的な点は、決定論と自由意志の両立を、自然主義の穏やかな地平で模索する姿勢にある。例えば、第六章では、ドーキンスの「ミーム」概念を決定論的文脈に組み込み、文化的情報単位が自然選択を通じて「利己性」を獲得するメカニズムを論じる。ミームは遺伝子と並ぶ「自己複製子」として、決定論的影響を及ぼすが、スタノヴィッチの二重過程理論(直感的思考と分析的思考)によれば、意識的思考(タイプ2)がこの支配に抵抗する余地を生む。木島は、ドーキンスの「ロボットの反逆」を援用し、ミームや遺伝子の決定論的制約を認めつつ、人間が合理性を通じて自律を取り戻す可能性を提示する。

第七章では、デネットの「バグベアー」概念を活用し、運命論を誇張された恐怖の物語として批判する。運命論は、因果的決定論と混同されがちだが、木島はこれを文化的ミームとして再解釈し、決定論的宇宙が「目的的偶然」と共存可能であると論じる。この視点は、決定論を「息苦しい」運命としてではなく、行為者の努力や目的が織りなす動的プロセスとして捉え直す。

第八章では、「自然主義の軟着陸」というヴィジョンが展開される。デネットやセラーズの「両眼視」(日常的イメージと科学的イメージの統合)を援用し、自由意志や道徳的責任を自然主義的世界像に適合させる試みが示される。特に、スピノザの行為者因果説を現代的に再評価し、因果的力に基づく「能動性」を自由の基盤とする議論は、決定論と自由の両立を自然主義的に擁護する鮮やかな一手である。木島は、遺伝や環境が性格を形成し、意志の選択肢を絞り込む「事実上の性格の決定論」を認めつつ、自己プログラミングによる目的設定が自由の余地を生むと説く。このバランスは、決定論の必然性と自由意志の自律性を、過度な楽観や悲観に陥らず調和させる。

独自性と意義

本書の独自性は、哲学史、認知科学、進化論を横断する学際的アプローチにある。ミーム論を決定論や自由意志の哲学的文脈に組み込み、運命論を文化的バイアスの産物として脱構築する視点は、従来の自由意志論争に新たな地平を開く。また、「自然主義の軟着陸」という構想は、自然主義が伝統的価値や日常的自己理解を静かに変容させるプロセスを描き、哲学的議論を実践的課題につなげる。スピノザやペレブームの行為者因果説を援用し、自由を因果的力の度合いに基づく「能動性」として再定義する点も、現代哲学における自然主義的自由の理論化に貢献する。

決定論と自由意志の両立という古典的問いは、本書を通じて新たな息吹を得る。木島は、決定論を「すべてが予め決まった」運命としてではなく、行為者の目的や努力が因果的プロセスに織り込まれる動的枠組みとして捉える。この視点は、リバタリアン的自由の幻想や運命論的悲観を退け、科学的実在に根ざした自由の可能性を穏やかに擁護する。読者は、決定論の必然性を受け入れつつ、自律的行為者としての役割を再発見する喜びを味わえるだろう。

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